ジョージタウン3軒目・・・「KAPITAN(カピタンレストラン)」にて“チキンタンドリーセット”

1月13日(金) 時刻は17時になろうとしている、これから一旦宿に戻り明日の予定などを確認しながら、暫く休憩
するつもりだ。宿は目と鼻の先にある。
 
街角では猫をよく目にした。やせ細ってはいるが、どことなく“気品”を漂わせている。イギリス領だった過去を
物語っているのか・・・
“ショップハウス”様式のコンビニ、「Gops Mart」。クリーム色の壁面と出窓の茶色、テントの赤、バランスの
取れた配色だ。この街にもセブンイレブンを始め数軒のコンビニが点在していた。
 
街中にある礼拝所に方々からムスリムが集まってきた。折りしもサラート(礼拝)の時間だ。日没、4回目の礼拝
に当たるのだろうか?横一列に並び拝む姿が垣間見える。
 
宿に戻ってきた。スルーした“シャワー無し”の部屋にちょっとだけお邪魔した。窓から外の通りを覗いてみた。
部屋の前にあるソファ、ついさっきまで白人のイケメンが寝そべりながらレゲエ調の音楽を聴いていた。
ノートPCで・・・どうやらその白人、日中はあまりうろつかずに、このソファでくつろいでいるようだ。
ちなみに、Wi-Fiは完備されている。
 
少々疲れ気味だった身体も、仮眠をとったおかげで元気を取り戻せたらしい。時刻は20:30、そろそろ飯を食い
に外へ出掛けるとしよう。夜の街を歩く、あたりは、食事をする者、酒を楽しむ者、そんな人々で賑わいを見せて
いる。日中とはまた違った雰囲気、夜が似合う街だ。
さて、何を食うか?通りをぶらぶらと歩きながら考える。気になっている店がある。それは昼間、バスの窓越し
に見かけた店だ。店の名は「KAPITAN」、“カピタン”とはポルトガル語のはずだが果たして、どんな料理を食べ
させてくれるのか?興味津々でその店を目指す。
 
ライトアップされた「モスク」、ここもまた昼間とは違う顔を見せている。何と美しい姿だろう・・・
 
 
 
20:50、お目当ての「KAPITAN(カピタンレストラン)」に到着する、興味津々でここまで来たが・・・入口に掲示され
ているメニューをチェックすると・・・どうやらインド料理の店らしい。ナンだけに・・・“な〜んだ”(オヤジギャグ)
“トルコ”あたりの料理でも食べさせる店なのかと勝手に想像していたのだが・・・
ざっとメニューを見る、大体RM10(約250円)前後の価格帯だ。店内を覗き込むと、たくさんの人で溢れている。
“ライマジさん”(インド料理店の店主)への土産話にもなるし、今宵はここに世話になるか。

早速入店する、かなり広い店内、にも関わらず1階は満席だ、我々は2階へ案内される。階段を上りながら店内を
見渡してみる、そこには、インド系、マレー系、華人系、そして白人の姿も。様々な人種で埋め尽くされている
みんな器用に右手を使って笑顔いっぱいで食べている・・・白人を除いては。2階の窓側、開放感のある席に
陣取る。2階から見下ろす夜のストリート、中々の雰囲気だ。手渡されたメニューを見る、カレーを主体にチキンや
ベジタブル、マトンなど、いくつかのジャンルに分けられている。ウェスタンフード、インディアンピッツアなる
ジャンルも並んでいる。・・・他民族国家、宗教の違いがメニューにも色濃く表れているのか。
たくさん並ぶメニューはどれも英語表記、写真はひとつも無い。一つ一つじっくりとチェックすればイメージは
掴めるのだろうが、それも面倒な話だ。結局、見慣れた“CHICKEN TANDOORI SET”の中からバターナンのセット
RM9.00(約230円)をチョイス。早速店員にオーダーする。その際、“ビールも”と伝えてみるが・・・
大きく首を振る男、“そんなもん、あるわけないだろ”と言わんばかりの表情だ。そりゃそうだ、ムスリムヒンドゥー
が多数を占めるこの街、そしてこの店も・・・置いているわけ・・・無いじゃないか。
 
併せて注文した“マンゴーラッシー”RM3.5(約90円)が先に運ばれてきた。クセの無い味で飲みやすい。
とは言え、どこで飲んでも、大きく変わることの無い味なのだが・・・
それから遅れること暫し、メインディッシュが登場する、チキンタンドリーのバターナンセットだ。一見する、意外
に小ぶりなナン、細長く、薄いとまでは言わないが、あまり厚みを感じさせない姿だ。
日本で食べる大概のナンは、大きくて厚みがある。それと比べると、どうも見劣りがしてしまう姿だ。が、たっぷり
と塗られたギー(バター)が艶々として美味しそうだ。そのナンの中央にタンドリーチキンが一つ。ぽつんと置かれ
たチキンの色は・・・悪くない。
まずはナンを千切って何もつけずに一口、ややぱさっとした口当たり、もっちりとした食感に欠ける。が、それは
素朴な味わいとも言えなくはない。バターほどの“濃さ”を感じさせない“ギー”だが、ほのかに香る香ばしさが
味の濃いバターより、むしろ心地よい。
続いてサラッとした、粘度のまるでないカレーを付けて一口。う〜ん、香辛料の香りは感じるのだが・・・
とても薄味、コクが無い。動物性の食材を使わずに仕上げたものなのか?中の具はじゃがいもと豆、形が崩れ
て定かでは無いが、そんな類のものだろう。美味しいのか?美味しくないのか?と、問われれば・・・
?・・・と、言う答えになってしまうのだが。
壷窯で焼いたチキン、“タンドリーチキン”に手を伸ばす、様々な香辛料を身にまとった“そそる”色合いをしている。
手づかみで一口・・・ぱさついた食感、そしてたくさんの骨、どこの部位だろうか?食べられる部分は意外に少ない。
周囲の人々と同じように“手”だけを使って食べ尽くしたいところだが、骨に埋まった身を削ぎ取る作業は中々
難儀だ。その渦中、K氏がどこからかナイフ&フォークを調達してきた。助かった・・・手を汚すことへの“ためらい”
箸の文化、日本人としての本質が出た瞬間だ。その“ためらい”に一抹の寂しさを覚えながらも、文明の利器に
頼ってほっとしている私がいた。
添えられたミントソースを付けて食べてみる、香辛料の刺激とミントの爽やかな風味がこのチキンの味を引き立て
てくれる。粗末なキュウリと紫のタマネギはもう一方のソース、何のチャツネだろうか?それに付けて食べる。
それらの野菜は鮮度をまるで感じさせないが、その実、そうでもなく、香辛料に占領された口の中に一呼吸与える
にはうってつけの添え物になっていた。

そんな“格闘”も終盤を迎えた頃、外の通りがにわかに騒がしくなってきた。手摺り越しに外を覗く。
化粧を施された牛が2頭、神輿を引いている。そして、その周囲を取り囲むようにゆっくりと練り歩く人々の
姿、何の儀式だろうか?ヒンドゥー教徒と思しき彼ら、その彼らの祭儀には間違えないのだろうが・・・
※どうやら“タイプーサム”と言う祭儀のようだが・・・定かではない。

薄味の、とても質素なカレー、“ためらい”ながら食べたチキン、そして名前の分からない祭儀・・・
異国の地で出会った、それは些細な出来事、でも・・・私の中では、そのどれもが大きな点となって記憶の中に
留まっていくことだろう。
人生の終焉を迎えるとき、そんな、一見どうでもよいようなことが、頭の中に描き出されるのではないだろうか
恐らくは・・・