深夜特急・・・“バトゥフェリンギ”到着

17:30出発予定のバスは路線番号102番、空港からテルクバハンまでを結ぶ路線バスだ。終点の手前の街
“バトゥフェリンギ”を今夜のねぐらにすると決めている。“バトゥフェリンギ”・・・ペナン島最大のビーチスポットだ。
が、マリンスポーツを楽しむためにそこに行くのではない。私にはその街を訪れる理由が他にある。それは、青春
のバイブル深夜特急、その映像版の中で著者、沢木耕太郎に扮した大沢たかおが訪れた場所だからに他なら
ない。(特別、大沢たかおのファンではないのだが)沢木が旅をしたのは1970年代前半、映像化されたのが1996年
既に相当の年月が流れている。当然、すべてにおいて当時とは様変わりしているはずだ、だが・・・それでも良い。
“青春”と言うにはかなり“とう”が経ってしまった私だが、ペナン島に逗留した沢木の想いを少しでも感じ取れれば
・・・それでよいのである。
 
出発10分前になって乗車を許される。運賃は前払いだ、運転手に降車場所を伝え金額を確認する。その額
RM4(約100円)、ここから“約70分”の道のり、その所要時間に比べて驚くほど安価な価格設定だ。先ほど両替し
たばかりのRM50紙幣を差し出す。大きく首を振る運転手、「釣りは出せない」、当然だ、日本なら差し詰め万札
を出されたような感覚だろう。「Wait」と言い残して空港内へ戻る我々、後5分もすればバスは行ってしまう。
時間がない、このバスを逃したらいつバトゥフェリンギに着けるかわからない。どこかで崩さなければ・・・
目に付いた一番近くにある店のカウンターに飛び込む、何も考えずにコーヒーワッフルRM4.9(約120円)を注文する。
いや、してしまった。・・・お姉ちゃん、ご丁寧にワッフルを温めなおしている。間抜けだった、さっさと受渡しが出来
るものにするべきだった。僅か数分がとても長く感じられる。温め終了、コーヒークリームを塗りカット、そして袋詰
手渡された紙袋をひったくるようにして受取り、一目散にバス停へ戻る・・・よかった、バスはまだ停留している。
改めて運賃を支払い乗車、一番後ろの座席を確保。車内はいわゆる路線バスの造り、徐々に乗客も増え6〜7割
埋まってきた。17:35、ドアが閉められゆっくりと動き出す。ほぼ定刻通りの出発だ。

このバスがどこをどう走っているのか我々には知る由もない、手元にあるのはガイドブックから破りとった大まか
な地図だけ、いずれにせよペナン島最大の街、“ジョージタウン”を経由するのは間違いないこと。そこから約30
分目指すバトゥフェリンギはある。降車を意識するのはジョージタウンを通過してからでも十分間に合うはずだ。
それに・・・バトゥフェリンギには立派なリゾートホテルが立ち並んでいる、いやでも降車のタイミングはつかめる。
そんな感覚で十分だ、たとえ乗り過ごしたって・・・何とかなるさ。

最後部に陣取った我々だが一段高くなった座席と窓の配置が悪く外の景色が非常に見づらい。おまけに窓が
かなり汚れている。それでも・・・車窓から見える異国の景色を一つ一つ興味深く見続ける。陽は傾きかけて
いるが暮れてはいない。恐らくは二度と見ることの出来ない風景、のんきに寝ている場合ではないのだ・・・

暫く走る、停留所に止まる、客が乗ってくる、降車のブザーが鳴る、停車する、客が降りる、そこには停留所
らしきものは見当たらない・・・ここは停留所なのか?庇などの目印がある停留所もあるが、それらしきものが
まるでないのに停車する場所もある。どういうシステムになっているんだ?何とかなるさと言ってはみたものの
果たして目的地で降車のブザーを鳴らすことが出来るのだろうか?

さすがに路線バスだ、予想以上に停車を繰り返している。既に30分は走っただろうか、車内は乗客で一杯だ。
大きなザックを足元に置き、窮屈な姿勢で大人しく座り続ける。丁度、渋滞する時刻なのだろう、我々を乗せた
バスは快適には進んでくれない。距離感がつかめないが、このペース、まず“70分”でバトゥフェリンギに到着
することは不可能なはずだ。だが文句は言えない、快適さを求めて空港からTAXIに乗車したなら、RM60
(約1,500円)もかかってしまうのだから・・・

空港を出てから1時間を過ぎようとしていた、窓の外はしっかりと都市の様相を呈している。渋滞もさらに激しく
なってきた、恐らくここがジョージタウンなのだろう。ぼんやりと眺める、その時、ジョージタウンのランドマーク
コムターが不意に目に飛び込んできた。そうか・・・ようやくジョージタウンにはいったのか。

60階建ての高層ビル、“コムター”、その1階がバスターミナルになっている。街の中心地、大半の乗客がここで
降車した。それと入れ替わるように、新たな乗客で車内はすぐに一杯になった。時計を見る、本来ならば既に目
的地に到着している時刻。あと、どれぐらいかかるのだろうか。為す術の無い我々は大人しく座っているしかない
のだが。バスターミナルを出発して暫くの間、コムター周辺を周回していたバスが徐々に市街地から離れていく。
陽はとっぷりと暮れ、外は闇に包まれている。念のため、運転手に確認してくると席を立ったK氏が戻ってきた、
「後、30〜40分ぐらいかかるみたいです」、空港から乗車した我々のことを認識していたのか、「空港からバトゥ
フェリンギまでは2時間だ」と言われたとも。予想外の時間を費やしてはいるが着実に目的地に向かっているのは
間違えないようだ。数十分走っただろうか、乗客もまばらになった頃、視界に海が広がってきた。海岸沿いのくね
くねと湾曲した道を走るバス、この光景、日本の海沿いの景色にも似ている。そう、真鶴あたりの。突き出した岸
壁に繁る樹木もまた、日本のそれと似ている。暗闇の中、ぼんやりと見えるからこそだと思うのだが、妙に郷愁を
誘う景観だ。日本から数千キロ離れた南方の地で出会った懐かしい景色、不思議な感覚を覚えつつ到着を待った。

降車する目印は“シャングリラ・ラサ・サヤン・リゾート”バトゥフェリンギで1、2を争う高級リゾートホテルだ。勿論
そこに宿泊する訳では無い。単に、その付近に停留所があるだろうと目星を付けただけだ。暫くの間暗闇に目を
凝らしながら、何軒かのホテルをやり過ごす。その時、ことさらに立派なホテルが目に飛び込んできた。これだ!
一瞬、躊躇しながらもブザーを鳴らす。そんなブザーの音を無視するかのように走り続けるバス。不安な気持ち
をかき消すようにそこから少し走った場所、交差点の角にバスは停車した。停留所らしきものは見あたら無いが
慌ててバスを降りる我々、降車する最中、運転手に尋ねる「バトゥフェリンギか?」・・・「そうだ」
降車したのは我々のみ、乗車するものもいない。数名残っている客を乗せたまま、バスはその場をゆっくりと走り
去っていった。
 
外は気にならない程度の雨、持ってきた傘をザックから取り出す。バンコクにもニューヨークにも持っていった
折たたみの傘だ、経年のダメージで所々破れている。新しいものに替えなければと思いつつも中々手放せない。
機能性はちっとも良くは無いが・・・こいつもまた、良き旅のパートナーになっているのかも知れない。

降りた場所は予想外にひっそりとしていた。たくさんのナイトマーケットが軒を連ねていると思っていたのだが
とりあえずは宿探しだ、ビーチ付近に点在する安宿を当ろうとも考えたが、時間は既に19:30を回っている。
※バスの運転手が言ったように、確かに2時間でここまで来た。
見知らぬ土地、小雨の降る中、この時間から宿探しを試みる気力はもはや残ってはいなかった。しかも・・・
台北を出て既に12時間以上移動に費やしてきた。少々割高になろうが、近場で見つけても“ばち”は当らない
だろう。旅に出る前に1軒だけチェックしておいたホテルがある。我々が今、佇んでいる場所からそう遠くは
ないはずだ。近くにあった食堂のおばちゃんに聞いてみた。「EQ・フェリンギホテルどこですか?」と。
「すぐそこだよ」と指差す所に目指すホテルはあった。目と鼻の先だ。「ありがとう」と言い残しホテルまで
向かう。空いててくれよと願いながら・・・
 
ガラスの扉を開け、「EQ・フェリンギホテル」に入る。差し詰め場末のビジネスホテルのような雰囲気か。ロビー
では1人、インド系の男がソファに座りながらぼんやりとテレビを視ている。その奥が受付のカウンターだ。
ホテルの規模にしてはたっぷりと取られたスペース。その受付では、賢そうな若い中国系の男の子がパソコンを
いじっている。アイドル系の可愛い顔をした小柄な若者、「部屋は空いてますか?2ベッドで」と尋ねる、「空いてますよ」
と即答。助かった、後は値段確認。「値段は?」「RM88(約2,200円)」「1ルーム?」「そうです」一人当たり約1,100円。
価格交渉も忘れそれで手を打った。キーを受け取り部屋へ向かう。ルームNo.103、部屋は2階だ。非常扉を開け階段を
上がるとすぐに部屋があった。ドアを開ける、清潔感のある部屋だ。やや狭く感じるが我々には十分なスペースだ。
エアコンもある、天井には大きなファンが音をたてて回っている、備品をチェック、冷蔵庫は無いが、まぁいいだろう。
ウェルカムウォーターが2本並んでいる。トイレとシャワーが一緒になった浴室も清潔だ。勿論、バスタブは無い。
一通りチェックを終らせて一服、と思ったが灰皿が無い。受付に行き灰皿を頼む。う〜んと悩んでいる彼に向け
わかった適当にするよと言い残し部屋に戻る。数分後、ドアをノックする音、ドアを開けると灰皿を手にした彼の姿が。
わざわざ探してきてくれたらしい、その心遣いに感謝、ありがとう!さて、ホーカーセンターにでも繰り出すとしよう!



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